「設備予兆保全」とは、どのような取り組みですか。

I.H : 我々の工場ではさまざまな製品をつくるための多数の生産ラインが稼働していて、それぞれに加工などを行う設備機械が設置されています。これら設備機械の故障を未然に検知するシステムですね。

生産設備の故障の予兆を検知するというわけですね。

I.H : そうです。設備に異常が起きれば生産そのものが止まってしまいますし、その際の突発的な修理に対応するために予定していた他の設備メンテナンスができなくなってしまうこともあります。生産性を落とさないためには未然に検知することが重要になってくるんです。

仮に生産が止まるとどのような事態になるんですか。

I.H : 大がかりな設備であれば復旧までに丸一日かかることもありますから、そうなると数億円ではきかないレベルの損害につながることも考えられます。

それは確かに大ごとですね。

I.H : そのほかにも例えば故障に気づかないまま生産を続けると、不良品が製造され続けてしまうことにもなります。こうした無駄をなくすことは生産性の向上だけではなく、限りある資源を無駄にしない「持続可能なものづくり」の実現に欠かせない技術であるともいえます。

なるほど。そもそもどのように故障を検知するのでしょうか。

I.H : 方法は大きく分けて2通りあります。まず設備の正常な状態について大量の正常時のデータを使って定義した上で、時系列データを扱うAIでそこから乖離した場合に検知するというのがひとつ。

もうひとつは。

I.H : 現場の知見をもとに「故障時にはここに異常が出る」という予兆を監視し、検出した場合に先回りしてメンテナンスを行うというやり方です。いずれの方法も予兆の検出時に保全担当者へ通知するシステムと組み合わせることで運用しています。

閾値を超えた時にアラートを出すシステムなら、AIは不要な気もしますが・・・。

I.H : ええ。しかし、例えばAというセンサとBというセンサの組み合わせで異常を検出する場合、両センサが閾値以下であっても、Aの値が高くBの値が低いときにだけ起こるという異常もあるんです。こうした複数の波形データの相関を見る場合には、やはりAIが適しています。

開発においては、自社工場を持っていることが強みになるのでしょうか。

I.H : それはありますね。製造現場との距離が近いですから設備を動かしながら生のデータを扱うことができますし、現場の方と意見交換をする中でセンサのデータからは読み取れない予兆についても学ぶことができます。一般的なAIシステムベンダーさんと比較すると、その点で大きな優位性があるといえます。

すでに工場で稼働しているそうですね。

I.H : はい。半年ほど前から現場への導入が始まり、現在は2つの工場で稼働しています。今後は汎用性を高めつつ、さまざまな工場・生産ラインへの横展開を図っていくというフェーズに移行していきます。

具体的な仕組みを教えていただけますか。

I.H : わかりました。先ほどお話しした2つの方法のうち第一のやり方、時系列データの異常を検出する方法からお話しします。これは設備にかかる圧力や温度、振動などを検知するセンサからの情報をもとに、正常な波形をAIに学習させた上でズレなどの異常が出た場合に保全担当者にお知らせするという仕組みです。

実際の設備を例に、どのような形で保全に役立っているのかを教えてください。

I.H : 例えばプレス機ですと、やはり何十万回と型を抜くうちに金型が割れてしまうんですね。そうするとプレス機が下に沈みやすくなるため、打ち込む位置が変わってきます。その変位量を検知した際にアラートを出し、金型を交換・修理することで無駄な生産をなくすというわけです。

なるほど。では、もうひとつのパターンについても教えていただけますか。

I.H : まず、保全技術者の知見をもとに設備異常に起因するセンサデータを絞り込みます。その後、設備異常の予兆につながる特徴量を生成し、設備異常発生前にAIで検出するという仕組みですね。

こちらのパターンではどのような運用を?

I.H : 例えばこれまで毎週メンテナンスを行ってきた焼却炉について、このシステムの導入により「ある一定のレベルまで煤がたまり、エアーの流量が減ったタイミングでメンテナンスを実施する」という運用に変えたところ、月に数回で済むようになったという話もあります。

設備保全の皆さんの業務負荷が減ったということですか。

I.H : ええ。メンテナンス作業は割と大掛かりになるので、工場が止まる週末にしか実施できません。皆さんの負荷を軽減するとともに、他のコアな業務に時間をあてられるようになったと聞いています。

開発で苦労したのはどのあたりですか?

I.H : そもそも我々チームが設備のことをほぼ何も知らない状態から始めましたので、何に使われる設備なのか、どんなデータの蓄積があるのかといった基礎的な部分から学ぶ必要がありました。その点は苦労しましたね。

現場の方とのコミュニケーションが重要ということですね。

I.H : そうですね。現場で働く専門家と意見交換をしながら進めるのが、一番いい進め方だなと思います。生のデータもとれますし、こうした開発ができるのは恵まれた環境だと思います。

どのようなシーンでやりがいを感じますか。

I.H : いくらセンサでデータを取っていても、現場の感覚では「ここらへんが原因ではないか」といったある種の勘やコツで運用してきた部分が大きいんですね。そこに対し、我々が故障につながる仕組みを明らかにすると「へえ、そうだったのか。謎が解けた」と喜んでいただけます。長年にわたり不明瞭だった故障の予兆を見える化できるという部分は、この仕事の醍醐味だと思います。