F.Gさんが取り組む「AIを活用した新人教育」とは一体どのようなものですか?

F.G : これまで製造ラインでの新人教育は、現場の責任者に一任されてきました。この教育について、映像解析技術を用いた新しいシステムを開発することで、均質かつ効率的な新人教育を実現しようという取り組みです。

イメージが湧きにくいので、もう少し具体的に教えていただけますか。

F.G : 私がアイシンに転職してAIを活用した工場改革に取り組むうちに、生産ラインの稼働率が落ちるタイミングには2つの種類があることを知ったのです。それが「設備の故障」と「作業員の作業スピード」で、後者は新人作業員の作業スピードが主な要因となっていました。

そこを改善するべきだと気づかれたわけですね。

F.G : ええ。設備故障時の改善策については別のチームが取り組んでいましたので、私は新人教育に関する課題解決に挑もうと考え、このプロジェクトを会社に提案しました。それが2021年12月です。

新人教育と映像解析はどう結び付くのですか?

F.G : 我々が最初に取り組んだのは、電動化関連のユニット部品の組立工程です。ベテラン作業員はやはり作業スピードが速く無駄がありません。それに比べると当然ではありますが、新人は無駄な動きが多い。そこでベテランと新人それぞれの動画を撮影し、両者の作業差異をAIによる映像解析で自動抽出させることができれば、そのまま新人教育ビデオとして使えるのではないかと考えたのです。

なるほど、出来上がった動画を見ればどこを直せばいいかが一目でわかると。

F.G : そうです。ベテランと新人の作業映像を横並びにし、ベテランの動きを新人映像に重畳させ、遅れている箇所、抜けている箇所をわかりやすく示す教育映像を自動で作成し、これを現場で見ながら指導していくという流れですね。

やはりものづくりの現場での新人教育というのは難しいものなのでしょうか。

F.G : そうですね、従来型のマンツーマンで教える方法ですと、新人がベテランと同じ作業ができるまでに最低でも2週間はかかるとされています。ただ、教える側も仕事を抱えていますから、それがどうしても3週間、1か月かかってしまうという状態でした。

このシステムの導入によりどのような変化が?

F.G : 教育にかかる期間が大幅に短くなりました。現状を見ている限り、1週間もあれば一人前といえるレベルにもっていくことができるようになっています。

それは劇的な進化ですね。

F.G : 教える側の勘・コツに頼ることなく新人ごとに適した教育ができますし、新人さん側も「確かにここで遅れている」と納得度の高い教育ができるため、教える側・教わる側双方からの評価が高いですね。

現在開発はどの段階まで進んでいますか?

F.G : 2022年の春ごろに技術検証が終わり、最初のプロトタイプが現場で稼働し始めたのが夏頃です。そこから現在に至るまで実際の製造ラインでの導入テストが続いています。

ベテランと新人の違いをどのように検出するのか教えていただけますか?

F.G : 「姿勢推定モデル」を使い作業員の肩から肘、手首、指先の関節に至るまでを映像から抽出し、各ポイントの動きを解析することで、両者の動きの差異を検出するという仕組みです。

やはり明確な違いがあるのでしょうか。

F.G : もちろん全般的なスピード、特に手を送る速度はまったく違います。その他の部分でも、現在は組み付けの作業工程を対象にしているのですが、例えば新人は部品を押し込む工程を何度も繰り返すんですね。ギュッ、ギュッ、ギュッと4回くらい。ところがベテランはその工程を1~2回で終えている。そういう差を詰めることで習熟度を高めていくわけです。

これまで見えにくかった細かい違いが見えてくるわけですね。

F.G : はい。姿勢推定モデルで抽出した各ポイントの動きを時系列の波形にして、その波形の違いから遅れている部分・抜けている部分を細かく抽出するので、人の目では気づきにくい部分も検出できますね。

これまでになかったシステムということでしょうか?

F.G : いえ、似たような技術はすでにありますが、適用先が変わる度に作業の定義と再学習とを行う必要があり、時間とコストがかかるんですね。その点我々のシステムでは、これらを不要とするアルゴリズムを開発することで、導入時にかかる現場の負担を軽減しています。

スピーディーに教育用映像ができるということですね。

F.G : はい。適用先を選ばない展開の汎用性は、我々が追求するテーマのひとつです。

現在取り組んでいる課題を教えてください。

F.G : カメラの位置です。きちんと作業者の手元が映るいい画角を探さなくてはいけないのですが、どこの現場でも常に最適なポジションにカメラが設置できるとは限りませんから。

どのようなアプローチで解決しようとされていますか?

F.G : 現在は2Dの「姿勢推定モデル」を扱っていますが、今後は3D情報を抽出可能な「姿勢推定モデル」を用いて3D空間上で作業差異を比較できるようにすることでカメラの制約を取ろうとしています。

なるほど。ただ、扱うデータの量が大きくなりそうですね。

F.G : そうなんです。現在は撮りためた映像をオフラインで解析している状況ですが、今後は撮影しながらオンラインでリアルタイムに作業の遅れや抜けを検知してアラートを出せるようなシステムにしていきたいんです。大きなデータをいかに早く処理するかは今後の開発のカギになると思います。

そこもボトルネックになりうるのでしょうか。

F.G : いえ、アイシンにはDMS(※)など他の製品でも映像解析技術の知見がありますし、エッジ側の情報処理・デバイスの小型化を得意とする協業先と組んでいるということもあるので、それほど難しくはならないと思います。

※DMS:ドライバーモニターシステム。車載カメラでドライバーの運転状態を監視し、危険な予兆を検知した際に回避する制御等を行う

最後に、アイシンで工場改革に取り組む魅力とは。

F.G : アイシンはグループを含めると国内外合わせて50近くの工場があり、多くの人が働いています。我々のシステムによって生産性向上および原価低減できる余地と効果が非常に大きく、その点では特にやりがいを感じています。