「設計検討支援」とは、そもそも一体どういった取り組みなのでしょう?

M.Y : アイシンでは製品開発時のチェックポイントごとにデザインレビューを行いますが、製品化の際に起こりうる不具合を未然に防ぐため、設計の変更による影響をあらかじめ徹底的に議論し尽くすんですね。この手法をDRBFM(Design Review Based on Failure Mode)と呼び、設計検討では必ず実施します。

M.Yさんは、その手法を支援するシステムを開発している、ということですか。

M.Y : ええ。設計検討および設計業務全般において、設計者が付加価値の高い本質的な検討作業に集中できるよう、設計者が欲している情報を必要なタイミングで提供する支援システムを開発しています。

具体的にどのようなシステムなのでしょうか?

M.Y : 従来製品をベースに設計変更を行う場合には、設計者自身は知らないけれども社内では経験済みの「既知の問題」が再び起きるということが考えられます。また、新製品の設計時にはこれまでにない形状や機能が盛り込まれることが多く、未知の問題に直面する可能性があります。

そうした問題に対応するためのシステムということですか。

M.Y : はい。「既知の問題」については解決に手がかからないよう設計者をサポートし、「未知の問題」にぶつかった時には解決につながる手がかりを提供していくというものです。

どのように設計者をサポートしていくのでしょうか?

M.Y : 社内に蓄積された過去のナレッジを集めておき、発生しうる問題について各技術者のPCで簡便に検索できるようにしておくことで、効率的な設計を実現させるという形です。

なるほど、しかしなぜ今のタイミングで開発に取り組んでいるのですか?

M.Y : 背景には2つの理由がありまして、そのうちのひとつは技術者の高齢化です。当社独自のノウハウを有するベテラン技術者たちが退職するまでの間に、彼らが蓄えた知見をいかに若手に受け継いでいくか。この課題への解決策として今回のシステムが発案されました。

もうひとつは?

M.Y : 設計業務の効率化です。現在、自動車業界は100年に一度といわれる大変革期にあって、既存のガソリン車のバージョンアップと、EVや自動運転をはじめとした次世代製品・技術の双方に開発リソースを割かなければなりません。

従来と同じやり方では業務のクオリティ担保が難しくなる懸念がありそうですね。

M.Y : ええ。先に述べた通りベテランが減っていく状況下ですから、ひとつの製品にかけられる時間が少なくなっていくんですよ。この状況を放置しておくと、これまではレビュー時に見つかっていた問題が後に発覚して不具合につながる・・・そんなケースが起きてしまうかもしれません。

これまで若手設計者はそれらのリスクをどうやって回避していたのでしょう?

M.Y : その都度先輩に聞いたり、レビューの場で指摘を受けたりしていたのですが、それがだんだん難しくなってきているんです。本当にわからないことはやはり聞くしかないのですが、調べればわかるナレッジは自分で気づけることが効率的ですから。

この開発プロジェクトはいつから始まり、現在はどこまで進んでいますか?

M.Y : 2020年にスタートして、現在はセンターが掲げる「2023年度に設計効率20%向上」を実現すべく、設計部署と連携しながらテストを重ねている段階です。

システムの仕組みについて、もう少し踏み込んで教えていただけますか。

M.Y : 身近なものに例えるなら、検索エンジンの関連情報パネルが近いですね。例えば俳優さんの名前を検索した場合、その人の生年月日などの個人情報のほかに出演したドラマや映画などの作品名、そこでの共演者といった具合に関連情報が表示されますよね。

はい。知りたいことを先回りして教えてくれますね。

M.Y : こうした「知りたい対象を構成するさまざまな項目」を定義した設計図を「オントロジー」と呼び、関連するナレッジを体系的に連結したものを「知識グラフ」と呼ぶのですが、我々は製品ごとにこのオントロジーを設計した上で、数万件という膨大な量の社内データベースからあてはまる知識を抽出・整理し、知識グラフという形で設計技術者に伝えるシステムを考案しました。

なるほど、先ほどの俳優さんを自動車部品に置き換えたシステムということですか。

M.Y : その通りです。ただ我々のシステムは単にタグで結び付けるだけではなく、バックエンドにオントロジーをベースにした知識グラフを構えていますので、故障が起きた際の評価結果や、同じ要因で故障が起きた別の報告書などを関連文書として提示できることが強みですね。

しかもグラフ化されていて体系的に知ることができると。AIはどのような形で活用していますか?

M.Y : 社内データベース上の文書から知識を抽出するために自然言語処理のAIを用いています。

人間がつくったテキストデータを扱うためですね。

M.Y : はい。例えば設計者がギアという製品について調べた場合、「Aというギアは、Bという特性があるため、Cという別のギアと嚙み合ったときに、Dという不具合が発生し故障につながる」という一連のナレッジとして提供するのですが、複数の文書から適した知識を集めるための固有表現抽出、関係抽出技術の部分でこのAIを活用しています。

開発時に苦労した部分は?

M.Y : 扱う知識量の多さです。機能や故障など部品そのものに関する知識だけでなく、製造時の加工方法、車両にどうやって搭載するのかといったものまで含めると、際限なく枝分かれしていきます。どこまでを範囲として扱うのかというテーマは今もって苦労している部分ですね。

すでに運用テストがはじまっているとのことですが、現場の反応はいかがですか?

M.Y : 設計技術者からは「知識同士を結びつけて探せるというのは非常にわかりやすくていい」「ベテランに聞かなくても知識が手に入る」、マネージャー層からは「教育にも使えていい」といった評価を得ています。今後はさらに対象製品・知識を拡大し、広く事業に役立つシステムに育てていきたいと考えています。